English

目次へ

日本におけるビジネス・インフォメーションとビジネス・ライブラリー
Business Information and Business Libraries in Japan

前園 主計 (Shukei MAESONO)
青山学院女子短期大学教授

1) 4-4-25, Shibuya, Shibuya-ku, Tokyo, Japan 150-8366 Fax: +813-3409-8199 本稿は1999年11月1-7日にForeign Relations Office, Deutsches Bibliotheksinstitut (DBI/BA)がベルリンで開催したワークショップ"Information Transfer - as an instrument for trade opportunity in the international arena"で発表した論文の日本語版である。

1 ビジネス・インフォメーションの意味
2 日本におけるビジネス・インフォメーション提供の初まり
3 効率を左右する情報
4 意思決定における情報の役割
5 企業に役立つ情報とは
6 社内組織の再編成
7 コンピュータによる経営情報システム
8 日本におけるビジネス・ライブラリーの活動
9 デジタル・ネットワーク時代のビジネス・インフォメーション・サービス

抄録
 ビジネス・インフォメーションの意味を「ビジネスに役立つ情報」として捉え、これを提供しているビジネス・ライブラリー in Japanese companiesについて述べる。
 日本のビジネス・ライブラリーは1980年代末から設置され始めた。しかし、これらは不活発で、むしろ公益企業が設置したビジネス・ライブラリーの評価が高かった。この後者のビジネス・インフォメーション・サービスが、戦後のビジネス・ライブラリーに大きく影響を与えている。
 1960年代初頭、日本の企業は情報の洪水やコンピュータの導入などで、情報を強く意識させられていた。その時期に、企業の意思決定に情報が大きな役割を果たすという意思決定論が日本に紹介され、企業は情報の重要性を深く認識した。企業はビジネスに役立つ情報の種類を模索した。これがある程度明らかになったところで、その情報を入手・評価・活用する方法を検討した。企業は、内部情報については、一応の成果をあげた。しかし、外部情報に関しては、決定的な方法を見つけられなかった。コンピュータによる方法も試みられたが、失敗した。
 外部情報を効果的に得るために、社内組織の再編成も行われた。その過程で、ビジネス・ライブラリーが注目された。そして、その充実が図られた。日本の専門図書館協議会の企業会員の急増がこれを証明している。
 ビジネス・ライブラリーは企業の要請に応えて、従来のレファレンス・ブックや雑誌の整理・提供の充実に加えて、これらを通読して、ビジネス・インフォメーションを役立ちそうな部門に提供する業務を取り入れた。企画部門に設置されたライブラリーも、調査部門に設置されたライブラリーも、ともに活発な活動を展開し始めた。
 現在は不景気で、これらの活動は停滞している。また、情報のデジタル化やネットワーク化の社会が到来し、ビジネス・ライブラリーの今後を悲観的に見る人もいる。情報を誰でも迅速に容易に入手できるため、ライブラリーは不要となると見る人達である。
 しかし、これらは情報の洪水を激化しただけである。信頼できる情報を、多くの情報の中から評価しながら見つけ出せるビジネス・ライブラリーは、不可欠な存在として評価され続けるであろう。また、ライブラリーの側もそのための努力も続けねばならない。

Top

1 ビジネス・インフォメーションの意味

 日本のおいては「ビジネス・インフォメーション」は二つの意味で用いられている。一つは、ビジネスに役立つ情報の意味で、営利を目的とする企業を中心に産業界でよく使われている。もう一つは、商業・産業分野の情報の意味で、通常種々の主題分野の一つとして商業・産業の分野を念頭においている場合に用いられる。

 DBIのProceedings of the International Seminar 1997; Business informationの中に、"Introduction to business information", by Susanne Mehrerという論文がある。彼女はBusiness information in the UK, ed. by Kim Potts (Hampton, 1996)から引用したビジネス・インフォメーションの定義を次のように紹介している。

Business Information is information which helps a company manage and market itself in a competitive environment. More specifically, it is taken to cover three broad types of information: marketing research information, company information and financial information.

 この定義によるビジネス・インフォメーションは、日本での「ビジネスに役立つ情報」が該当する。したがって、ここではビジネス・インフォメーションを企業の経営やマーケティングに役立つ情報として捉え、考察を進める。

 ビジネスに役立つ情報は、企業の業種により、部門により、職位により、種々のタイプのものとなる。一般的に言って、この定義にあるthree broad types of informationは確かに基本的な情報と言えよう。しかし、少なくとも日本では、これに加えて、政治、法律、経済、慣習、心理、教育等の分野の情報から、その企業が関わる技術情報に至るまで、幅広い分野の情報を問題にしている。

 企業がビジネス活動に当たり、現実に役立てている情報は、これらの分野の膨大な情報のほんの一部にすぎない。展開するビジネスに大きな影響を及ぼしそうな情報を評価し、厳選して用いるからである。しかし、これらの分野の情報すべてが、ビジネス・インフォメーションの対象である。

 ビジネス・インフォメーションには口頭のものもあれば、記録されているものもある。いずれも、その企業の部門または職員が入手して評価し、これを直接役立てるか、あるいは役立ちそうな部門に伝えることになる。記録され公表された情報の入手、評価、提供にライブラリーが一役買っていることも事実である。

 ビジネス・インフォメーションを企業に提供する図書館として、先述のSusanne Mehrerは、アカデミック・ライブラリー、パブリック・ライブラリー、産業界の図書館を挙げている。これが載っているDBIのProceedings 1997にも、これらの図書館がビジネス・インフォメーションを提供している事例が、数多く掲載されている。

 日本でも、この種の図書館がビジネス・インフォメーションを企業に提供している。中でも、学協会団体の図書館の情報活動は盛んである。特に、各地域にある商工会議所図書館が、中小企業向けにビジネス・インフォメーションを提供する活動は活発である。中小都市においては、多くのビジネスマンがこの図書館を公共図書館より高く評価している向きがあり、よく利用している。

 しかし、比較的に大きな企業においては、自社のためのライブラリーを設置し、ビジネス・インフォメーションの入手に努めている。この現象は他の国と同様であるが、日本では、1960年代前半に企業が情報の重要性を認識し、その一環としてライブラリーの役割を見直し、これを充実したという特殊事情がある。企業が、公共的な機関から他社と同様な情報を得ていたのでは、競争社会の中で優位に立てないと判断し、それぞれ独自の情報システムを構築したのである。

 企業が設置した図書館のほとんどが、大なり少なりビジネス・インフォメーションを提供している。これらは、図書館、資料室、情報センター、ナレッジ・マネジメント・センター等いろいろな公式名称を使っている。これらのすべてを企業図書館と呼ぶことができる。しかし、企業が設置したlibrariesの中には、社員の福祉や教育を目的として設置されたものもある。このため、ビジネス・インフォメーションを提供するものはビジネス・ライブラリーと呼んだほうがよい。

 ここでは、日本の企業が設置するビジネス・ライブラリーに焦点をしぼる。日本のこの種のライブラリーは前述のように、ビジネス・インフォメーションの提供を強く要請された時期がある。その要請の背景や理由を明らかにし、図書館がこれにどう応えたかを見てみることは、情報のデジタル化・ネットワーク化時代におけるビジネス・ライブラリーのあり方を考えるのに大いに参考になる。

 また、この考察は企業の設置するライブラリーだけでなく、これ以外の公的機関がビジネス・インフォメーションを提供する際の参考にもなろう。

Top

2 日本におけるビジネス・インフォメーション提供の初まり

 まず、日本のビジネス・ライブラリーがこれまで、ビジネス・インフォメーションを提供してきた沿革を概観してみよう。

 日本における近代的な企業は、1868年に政府の指導で設立されたいくつかの銀行として誕生した。これらの銀行には複式簿記が導入された。この方式により、企業は社内で発生する内部情報を、より的確に把握できるようになったと言われている。

 企業が社外で発生するビジネス・インフォメーションを入手する公的な活動は、1890年に日本銀行に調査役が登場した時に始まると見られている。この日本銀行にも、記録物の収集・整理・保管・提供、つまり原始的な図書館活動があったと目されるが、定かではない。

 続いて三井銀行(現さくら銀行)が1882年に調査部を創設している。この調査部では、参考図書の整理規定が作られていたとの記録が残っている。これは日本における最初のビジネス・ライブラリーと言ってよい。

 技術情報に関しては、外国から輸入した機械に付随しているカタログから吸収する時期もあったようである。1899年に、東京芝浦電気(現東芝)がマツダ研究所を設立したが、ここで日本最初の技術図書館が誕生したと推察される。現在記録が残っている最初の技術図書館は、旭硝子の研究センターのために、1918年に岩崎社長が私財を投じて設置したものであった。

 企業が設置する図書館ではあるが、ビジネス・ライブラリーとは呼べない図書館も設立された。1913年に、八幡製鉄所図書館がそれで、この図書館は社員の教養向上と娯楽のために設置されたものであった。この図書館は、その後他の製造会社に影響を与え、社員の教育施設あるいは福祉施設としての企業図書館を数多く誕生させることとなった。

 1945年の第二次世界大戦の終結までに、日本でも多くのビジネス・ライブラリーが設置された。詳細は省くが、特筆しておきたい事項が二つある。

 まず、ほとんどのビジネス・ライブラリーが小規模で、あまり活動的ではなかったことである。図書その他の記録物をストックし、要求に応えて利用させる程度の活動しか行っていなかった。ビジネス・インフォメーションを提供することがあったとしても、それは受け身のサービスでしかなかった。その要求も稀で、いわば資料の倉庫であった。

 次に、このような状況のもとで、比較的大規模で、抜群の活動をしたビジネス・ライブラリーがいくつか存在したことである。積極的にビジネス・インフォメーションを提供するその活動は、当時も現在も、識者なら誰でも知っている。

 その大部分が、公益企業の設置する図書館であった。その筆頭に挙げられるのが、1906年創立の南満州鉄道株式会社(略称満鉄)が1908年に設置した東亜経済調査局図書館Eastである。この活動は現在でも随所で紹介されるほど有名である。

 1916年創設の日本工業倶楽部の図書館や、1932年創設の三菱経済研究所の図書館も有名であった。この後者は、当時の三菱財閥の各社が、調査機能を集中して設立したもので、参加企業へ積極的にビジネス・インフォメーションを提供する役割を担っていた。

 以上の沿革からも理解できるように、日本でも第2次世界大戦前に、数多くの企業の設置するビジネス・ライブラリーが存在していた。しかし、ビジネス・インフォメーションの提供に関しては力不足であったし、企業の側もそれほど期待していなかったようである。むしろ、公益企業のビジネス・インフォメーション提供活動が活発で、評価が高かった。

 この活動を展開した機関の名前は人びとの脳裏に刻みこまれていた。この記憶が、大戦後の混乱期をすぎると次第によみがえってきていた。土光敏夫経団連会長も、後述するシンポジュウムの席上「ビジネス・ライブラリーという言葉は満鉄を連想させる」と言っていた。

Top

3 効率を左右する情報

 ビジネスという活動になぜ情報が要るのか。この問いに、日本のビジネスマンは体験的に「情報がなければビジネスに失敗する可能性が大きい」と答えるだろう。

 現在では、「情報はビジネス活動や個人の行動の効率を左右する」ことが常識化している。人は、特定の目標に到達するのに、そこへ行くいくつかのルートに関する情報をすべて得ていれば、コストを節約するルートも、時間を節約するルートも、エネルギーを節約するルートも自由に選べる。つまり、適切な情報を持っていれば、最小限のインプットで目標とするアウトプットまたは最大限のアウトプットが得られる。

 情報が不足していれば、得ている情報の範囲内で、もっとも効率のよい行動をとることになる。その行動はたまたま、すべての情報を得ていた場合の効率と変わらないかもしれない。しかし、その行動の効率は全情報を得ていた場合より落ちることが多い。

 ある行動のための情報をほとんど持っていなければ、推察やカンで行動することになり効率が悪くなる確率は大きい。その結果、効率のよいライバルに遅れをとる確率は高い。

 効率が悪いと、無駄なコスト、時間あるいはエネルギーを費やすだけでなく、目標に到達できない可能性も出てくる。場合によっては、目標に到達してもすでにその意味がなくなっていることもありうる。

 企業のビジネス活動も個人の行動と同様である。日本の企業が、この点に気づいたのは1960年代の初頭であった。実際は、企業行動と情報の関係が先に問題となっていたのであるが、企業は上述のようにこれを個人の行動に置き換えてみて、はじめてビジネスにおける情報の重要性を具体的に理解した。

 このころ、日本の企業は「情報」に注目せざるを得ない環境の中にあった。東京オリンピック(1964)に向けてその数年前からマスコミが急伸し、何でも情報にしてしまう現象を生み出した。「情報化社会」という造語が流行し、社会は情報の洪水に見舞われていた。同じ頃、情報を処理する強力な機械=コンピュータも、大企業に普及し始めていた。

 人びとは徐々に情報を意識し始めていた。こうした状況の中で、産業関係の団体が情報のビジネスに果たす役割等の問題に取り組み、情報の重要性を強調する活動を展開した。時流に乗り、次のような情報関係の本が1960年初頭に次々と日本訳され、ビジネスマンのベストセラーになっていた。

Simon, Herbert A.: Administrative behavior. Macmillan, 1945.
Gutenberg, Erich: Unternehmensfuehrung; Organisation und Entscheidungen. Betriebswirtschaftlicher Verl. Dr.Th. Gabler, 1962.
McDonough, Adrian M. : Information economics and management system. McGraw-Hill, 1963.
Gallagher, James D.: Management information system and the computer. American Management Assoc., 1961.

 企業に情報の重要性を深く認識させ、その収集や活用のための行動をとらせたのは、冒頭に掲げた本の中でH. A. サイモン(後年、ノーベル経済学賞受賞)が提唱した意思決定論であった。

 意思決定論は、企業における情報の役割を明らかにしていた。情報が不足している場合不本意な結果を招きかねない点を指摘していた。「情報は効率を左右する」常識が、この理論から導きだされたものであることは述べるまでもない。

Top

4 意思決定における情報の役割

 サイモンの意思決定論は、本来、経営管理のための理論である。組織体を経営者、管理者、作業員の3階層に分けると、経営者をターゲットにしている。しかし、この理論はその後、全階層のビジネス活動に拡大適用され、さらには個人の行動にまで適用されるに至っている。

 ビジネス・インフォメーション問題に深く関わる理論であるため、ここでもう少し詳しく見ておきたい。

 この理論の中に「意思決定は(価値前提)と(事実前提)から引き出される」という原則が登場している。価値前提とは、その企業の風土や方針である。事実前提とは、その決定に関係する企業内外の事実である。この二つの前提を固めると意思は自動的に決まるというのが、この理論の一つのメインフレームである。

 意思を決定する者が、その決定に関係する事実を十分把握するためには、その事実を伝えるの情報の提供を受けねばならない。その情報が適切でなければ、その決定も最適なものとはならない。決定が不適切であれば、これをフォローして展開される企業活動も不適切な結果を生むことになる。これがサブフレームである。

 この理論は、情報がビジネスに影響を与えるメカニズムを、次のような図式で解明していることになる。

情報  決定 → 活動 → 成果

 情報やデータをもとに判断し、最大限の結果を得ることに努める風潮が、各企業に拡がった。この理論はまた、コンピュータとともに、東洋的フィーリングの匂いをもつ当時の日本的経営に、科学的な合理性を持ち込むのに貢献したとも見られている。

Top

5 企業に役立つ情報とは

 このような理論を下敷きにして、各企業は1965年前後から、情報の収集と活用に相当の力を注ぎ始めた。しかし、どの企業もまず最初に直面したのは、「ビジネスに役立つ情報とは具体的にどんな種類の情報か」であった。
 この点について、意思決定論は内外の事実を伝える情報としか表現していない。各企業は、この表現と過去の経験から、この種の情報として内部情報と外部情報があることは理解できた。しかし、意思を決定する問題は多種多様であり、これらの問題に関わる情報の主題は際限なく拡がると思われた。

 どの企業も、内部情報に関しては一応解決できた。従来から内部の事実を把握するために、各種のデータや報告を作成し、これを利用していたからである。もし必要なら、命じて作りだすこともできるとの安堵感もあった。

 問題は外部情報であった。各企業は多くの経営学者の説をスキャンし、検討した。いくつかの企業が検討したビジネス・インフォメーションの範囲を以下に例示してみよう。このリストにある項目は、ビジネス・ライブラリーが収集し提供するビジネス・インフォメーションの種類と直結すると思われる。

 占部都美(一橋大学教授)による「決定の種類」(表1)は、いくつかの中堅企業が、「外部情報の収集範囲」として採用したリストである。ここでその大項目の全部と、販売と人事の部分の小項目を紹介しておこう。販売と人事の小項目を取り上げたのは、この関係の意思決定に外部情報がよく使われているという事実があるからである。

表1: 決定の種類
(1) 組織上の決定
(2) 生産上の決定
(3) 販売上の決定 sales estimation, location of business office, roots of distribution, packaging, naming of goods, pricing, advertising, planning of sales promotion, marketing research
(4) 財務上の決定
(5) 人事上の決定 recruiting, personnel arrangement & promotion, job analysis, evaluation of personnel, wages, welfare, safety & sanitation, suggestion system, retirement, collective bargaining, processing of claims, profit sharing

「企業は何かの計画を立てる場合に、もっとも外部の事実を伝える情報を必要とする」との前提で、計画に必要な情報を列挙したものもあった。

 「企業にとって一番大事で、かつ外部の状況を的確につかまねばならない分野はマーケティングである。この関係の外部情報をまず収集しよう」と、この分野を詳細にリストした企業もあった。次は、某社の情報収集項目の例である。

(1) 市場分析
(2) 販売分析
(3) 消費者分析
(4) 広告調査

 試行錯誤の上、各企業はこの外部情報に関しても、自社で収集する情報の範囲を決めるしか方法がないと悟った。繰り返し起こる定常的な意思決定ならば、そこで要る情報は経験的に分かっていた。この経験に基づいて、一部の中堅企業は情報の収集範囲のリストを作成した。

 ほとんどの企業が外部情報のリストアップを諦めた。どの企業も決定に情報が要ることは十分に承知していた。近い将来、この種の情報もコンピュータで処理するようになり、いずれ作成せねばならないものとの思惑もあった。しかし、取り扱う品種が多い大企業は検討段階でその煩わしさをたっぷりと経験した後、この件から手を引いた。

 そして、大企業の過半数が社員全員に情報マインドを持たせ、自社に役立ちそうな外部情報を人海戦術で収集・評価する方法を採った。

Top

6 社内組織の再編成

 社員全員から企業に役立ちそうな情報を収集するには、経営組織の再編成が必要であった。従来の経営組織は責任権限によって組み立てられていた。組織図は、責任権限の分担をもとに、きれいなピラミッド型に描けた。

 情報の流れに関しては上から下方への命令・通達、下から上方への報告、横方向への連絡・調整が組み込まれていた。しかし、この公式な組織は、構成する各社員が責任権限を固く守れば守るほど、規定の情報以外は流れない欠点があった。また、組織が大きくなればなるほど、情報の流れが悪くなる傾向があった。

 この欠点を補うため、各企業は社内報を発行したり、提案制度設けたりして、情報の流通に配慮してきた。また、各社員も臨機応変に非公式な情報を流し、受け取っていた。だがこれらをどう工夫してみても、流れる情報には限界や問題があると目された。

 決定に役立つ情報をできるだけ多く、公式に入手する手段を講じる必要があった。経営組織とは別に、情報流通の視点から情報システムを構築することが望まれた。こうして、到達した結論は、自社に関係する情報は責任権限を無視して、誰でもどこへでも伝えることを許すシステムだった。

 ある製薬会社では、社長秘書室の電話の一本を、社員からの情報提供の電話と指定し、その電話番号を社員に周知させた。ある家庭電気メーカーの社長は、毎朝始業前の30分間、社長室のドアを開放しておき、社員へ情報提供を呼びかけた。ある化学製品の製造会社は、会社に関係があると目される印刷物を、誰でもいつでも企画部に提供してよいことにした。

 これらの情報直通システムを採用した企業のトップマネジメントは、ミドルマネジメントから猛烈な抗議を受けた。部下が上司を飛び越えてトップマネジメントに情報を提供することは、上司を無視するものであり、組織の原則を無視するものであるというのである。トップマネジメントは「コンピュータ・システムは情報の直通システムだ。コンピュータの利用も止めろというのか」と答えたという。

 新しいタイプのノイズが問題だった。情報の信頼性の問題と情報の洪水の問題である。しかし、これらはある程度解決できた。情報にはその提供者名の添付を義務づけたり、企業への不満や上司・同僚への悪口は禁止したり、あるいはできるだけ記録したものを提供するよう指導したからである。

 ほとんどの企業が社員に、入手した情報をそのまま提供するよう呼びかけた。これは、議論の末の結論だった。1963年8月に、日本生産性本部が主催する「Management Information Systems Symposium」が開催された。このシンポジュウムにおいて、J. C. Hendric (Vice-President, Raython Inc.)が"Competitive intelligence; Information espionage and decision making." (American Management Assoc., 1959) の中で述べている「情報は評価して提供してほしい」がテーマの一つになった。

 このシンポジュウムには大企業の経営者数人が出席していた。これらの経営者はそろって「評価された情報より、評価されていないデータを提供してほしい」と主張したのである。「厳選して」との条件がついてはいたが、日本の経営者はアメリカの経営者とは違う考えを持っていた。しかし、この方向はビジネス・インフォメーションの提供を気楽に行える側面ももっている。

 実は、私もこのシンポジュウムの準備から運営に関わった。企業の外部情報が問題になることは明らかだったので、私は参加者に配布する資料10編の中に、ビジネス・ライブラリーに関してアメリカの経営者が書いた文献を4編入れておいた。

 その文献は、アメリカ経営協会のAMA reportsの中からと、Proceeding of Executive Conference on Organization and Management Information, Chicago, 1957.およびProceeding 1958. (Univ. of Chicago, 1957 & 1958)の中から選んだ。シンポジュウムの中でビジネス・ライブラリーが登場したことは言うまでもない。

 全社員にビジネスに役立つ外部情報の提供を呼びかけた企業は、社内のビジネス・ライブラリーに着目し、その強化に乗りだした。ここには、記録された信頼できる外部情報が連日到着していた。これを活用しない手はないと考えたのである。

Top

7 コンピュータによる経営情報システム

 企業はビジネスに役立つ情報を得るために、コンピュータを導入していた。最初は自社内で発生するビジネス・インフォメーションをコンピュータで処理した。この内部情報に関しては、コンピュータがその威力を一応発揮してくれた。

 日本の大企業にコンピュータが導入された時期は1965-1970年である。1960年に、日本には当時の大型コンピュータが2台しかなかった。1965年に100台を超えたが、その半数は官公庁に設置され、残りの半数が銀行を含む企業に設置されていた。1970年前後に数百台に達したが、増加した大部分が商業・産業界に導入されていた。

 いくつかの例外を除いて、コンピュータはまず大企業が導入した。企業はこれを用いて会計関係の業務を機械化した。続いて、給与計算や在庫管理など計算を主とする業務を機械化した。以後その適用範囲は次第に拡がり、重要な内部データをある程度処理し、この結果をマネジメントに提供するまでになった。

 当時はほとんどのコンピュータが汎用機と言われていた。しかし、現実には専用機として使われていた。理論的には、これらの業務別の処理を統合し、汎用機として使えるはずであった。さらには、この内部情報の処理に外部情報の処理も加えて、マネジメントの総合的な決定に役立つ情報を提供できると考えられた。

 この考え方を現実化した事例が紹介され始め、いわゆるManagement Information Systems(MIS)ブームが起こった。その火つけ役は経済団体が共同でアメリカに派遣したMISミッションと、次の本を代表とするアメリカの出版物の翻訳書であった。

Deaden, John & McFarlan, F. Warren: Management information systems; Text and cases. Richard D. Irwin, 1966.

 1965年代後半、コンピュータを導入している各企業は、ビジネスに役立つ内外部の情報を総合化して得ることを目標に、そのトータルシステムの構築に挑戦した。この結果いくつかの業務から発生する内部情報の総合化が実現した。

 総合化した情報は意思決定を楽にした。例えば、複数の情報を照合し、ある基準値に適合しない情報は、ディスプレイに警告マークがでるウォーニング・システムを開発できた。これにより、マネジメントは容易に異常な状態を発見でき、容易にその原因究明や改善のための決定を下すことができた。

 しかし、外部情報に関しては、問題はそう簡単に解決しなかった。当時のコンピュータは記憶容量がそれほど大きくなかったのである。企業の外部で発生し、自社に関係がありそうな情報は膨大な量があり、これらすべてを、コンピュータにインプットすることは不可能だった。

 外部情報の種類を限定してインプットすることが考えられた。そして、その限定の枠として最も妥当と目されたのが、前にも述べた「外部情報の収集範囲のリスト」であった。このリスト作成には困難が伴ったが、これを作成した少数の企業でも、インプットする外部情報をこのリストと照合するのに人手を要した。

 人による情報の評価が必要だった。人が目を通すのであれば、その時点でその情報を役に立ちそうな部門や人に提供すべきで、何も容量不十分なコンピュータを経由する理由はなかった。つまり、MISは外部のビジネス・インフォメーションの取り込みに失敗したのである。

 現在このMISは、DSS (Decision Support System 意思決定支援システム)の名のもとに、ある種の情報に関してはかなりの成果をあげている。しかし当時は、外部で発生するビジネス・インフォメーションをコンピュータで処理することは無理と判断された。そして、この種の情報は依然としてマニュアルで処理されることとなり、ビジネス・ライブラリーの存在が再認識された。

Top

8 日本におけるビジネス・ライブラリーの活動

 企業におけるビジネス・ライブラリーは、企業の必要性から設置されている。法律による設置ではないため、企業の要請に応えられなければ、いつでも縮小され、場合によっては廃止される。逆に、企業の要請に十分応えられれば充実される。このような宿命を背負っているビジネス・ライブラリーの職員が、企業の要請に応えようと必死に努力したことは言うまでもない。

 企業の要請は、具体的には社員の要求となって表れる。しかし、その要求は職位によって違ったものとなる。トップ・マネジメントは意思決定を担っているため、企業内外の環境に関し、自社に影響を及ぼしそうな事実を述べる情報を欲しがる。ミドル・マネジメントも、トップから委譲を受けている自分の管理範囲に関し、トップと同様な情報を欲しがる。

 作業レベルの労働者は、日常業務の中で直面する問題を解決しようとして、ビジネス・ライブラリーを利用する。このレベルの事務職員の要求に応えるために、ライブラリーでは従来からレファレンス・ブックを備えていた。また、このレベルの技術研究者のためには、学会誌等の逐次刊行物を収集していた。

 ビジネス・ライブラリーがビジネス・インフォメーションを提供するためには、従来の収集資料の範囲を拡げる必要があった。統計書や年鑑や白書等も幅広く収集し、調査資料や実態報告や議事録の収集にも、もっと労力を割かねばならなかった。逐次刊行物もより多く購読することとなった。

 従来の図書館業務に追加された最も重要で、かつ労力を費やす業務は、意思決定に役立つビジネス・インフォメーションを積極的に提供する活動であった。このためには、ライブラリーのstaffが到着する資料に目を通すこと(スキャン)が不可欠であった。これはライブラリアンに自社の各部門のビジネスを熟知すること、主題についての知識を深めること、英語その他の外国語の文献が読めることを要求した。

 一人のライブラリアンが、これらのすべての能力を備え、すべての新着資料に目を通すことは不可能に近い。ライブラリアンの中には、一人でこの能力のほとんどを備え、スキャンできる者もいたが、これは例外であった。大部分のビジネス・ライブラリーが、これらの必要な能力や業務は、一つのライブラリーとして完備するように努めた。職員数に応じ、また各職員の能力や関心や個性に応じて分担し、これに対処した。

 多くのビジネス・ライブラリーがカレント・アウェアネス誌を配布し、レファレンス・サービスを強化した。過半数のビジネス・ライブラリーが、各部門や各社員の情報需要を調査し、これに基づいて、Catchした情報を即座に関係者へ提供した。数は多くないが、“トッピクス・メモ”をトップ・マネジメントに直接提供していたビジネス・ライブラリーもある。

 中でも、住友海上火災保険(株)情報センターの情報需要調査と、これに基づくビジネス・インフォメーション・サービスは有名である。また、松下電器産業(株)技術情報部のSelective Dissemination of Information (SDI)サービスは、技術研究者からトップ・マネジメントまでカバーしていた。

 1970年以降1990年頃まで、つまり現在の不況depressionが到来するまで、日本のビジネス・ライブラリーはビジネス・インフォメーション・サービスを活発に提供していた。これらの事例は「専門図書館」誌や日本ドクメンテーション協会の「ドクメンテーション研究」誌に豊富に掲載されている。

 日本の専門図書館協議会(Japan Special Libraries Assoc.) は機関会員で構成されているが、その過半数がビジネス・ライブラリーである。ビジネス・ライブラリーの大部分が1960年以降に入会しており、表2に紹介する会員数の増加分は、ほとんどビジネス・ライブラリーで占められている。この数字がビジネス・ライブラリーの活気を示している。

 現在、日本は極度の不況に見舞われ、各企業はビジネスを縮小しているところである。これに伴い、社員の解雇や賃金カットも行われている。ビジネス・ライブラリーもその余波を受け、その活動が停滞している。「不況の時代こそビジネス・インフォメーションが重要になる」という説も、極端な不況の中では通用しないようである。

表2 専門図書館協会の会員数と増減
会員数 増減
1952 56 設立年
1960 316 +260 既存専門図書館の入会による増加
1965 405 + 89
1970 459 + 54
1975 540 + 91
1980 585 + 45
1985 627 + 42
1990 693 + 66
1998 669 - 24 不況による減少

Top

9 デジタル・ネットワーク時代のビジネス・インフォメーション・サービス

 大量の情報をデジタル方式で記録したパッケージ型のCD-ROMは、ライブラリーにとってたいへん有効な資料である。鮮明に記録されたマルチメディアであり、スペースの節約が図れる。何よりも情報の検索が容易である。

 情報の伝達に迅速性がないため、タイムラグが問題となるビジネス・インフォメーションの提供に用いることはできないが、従来のレファレンスブックに代わって用いることがきる。ライブラリーは、これがサービスの向上に役立つと受け止めており、今後も各種のデジタル記録物が著作権や劣化性等の問題をクリアして、数多く登場するよう期待しているところである。

 これに比較して、ネットワークを介して流れる情報は、ビジネス・ライブラリーに大きな影響を与えそうである。情報を世界的規模で迅速に伝えるし、誰でもどこでもこの中の情報を入手できる。1990年代初頭のアメリカでは、「これからは各人が必要な情報を入手できる時代であり、情報の集中管理の時代ではない」として、ビジネス・ライブラリーを縮小した企業もあったほどである。

 しかし、そこに問題もある。インターネットを念頭におこう。メールのように宛て先が明確な場合を除くと、そこに漂っている情報があまりにも多すぎる。これらの膨大な情報の中から、個人が入用な情報を得ようとすれば、その人はネットワークに関わるかなりの知識と、相当の時間やエネルギーを必要とする。また、そこには信頼できかねる情報も少なからず流されている。

 企業の社員が、それぞれこのような時間とエネルギーを会社のために費やしていたら、その社員はビジネスに専念できないだろう。必要最低限の情報は各自入手するにしても、ビジネス・インフォメーションの網羅的な入手は、ネットワークの専門家に任せた方が効率が上がるに相違ない。

 日本の企業は、かつて外部情報の膨大さに直面した時、ビジネス・インフォメーションを入手するのに、全社員に協力を要請するとともに、ビジネス・ライブラリーの強化を図った。背景は異なるが、ここに日米の考え方の違いを見ることができる。もっとも、アメリカのビジネス・ライブラリーがその後衰退している傾向は見られず、当時不況の中で、企業がライブラリー縮小の口実に、情報の分散管理を言い出したようにも思える。

 ビジネス・ライブラリーは、このネットワーク業務を含む情報の専門家集団として機能すべきであると考える。ライブラリーは、ネットワークからの情報だけでなく、あらゆる媒体からの情報も入手しており、信頼性の高い情報を提供できる部門だからである。

 日本のビジネス・ライブラリーの過去を俯瞰すると、企業がビジネス・ライブラリーを必要としている事情がよく理解できる。不況の現在、ビジネス・ライブラリーの活動は停滞気味ではあるが、ライブラリアンはネットワークの時代を睨んで、これに挑戦しているところである。少なくとも日本では今後も、ビジネス・ライブラリーは企業内の情報の専門家集団として機能し、ビジネス・インフォメーションを提供し続けると思われる。

Top