Stephen Pinfield、Mike Gardner、John MacColl は、高等教育機関におけるOAI準拠のe-プリントアーカイブのセットアップの際に生じる実務上の問題について概観する。
(原文: Setting up an institutional e-print archive:
Stephen Pinfield, Mike Gardner and John MacColl. Ariadne. Issue 31, March-April, 2002)
本稿では、e-プリント機関アーカイブのセットアップ作業を概観する。これは、最近e-プリント試験サーバを立ち上げたエジンバラ大学とノッティンガム大学での経験に基づくものである[1]。本稿は、オープンアクセスのe-プリントアーカイブに対する支持を表明することを意図するものではない。それはすでに別のところで行なわれている[2]。むしろ、高等教育機関におけるアーカイブ立ち上げの初期段階に生じる実務上の問題を明らかにしたいと考えている。
「e-プリント」とは、学術研究論文の電子的なコピーであり、「プレプリント」(審査前の論文)あるいは「ポストプリント」(審査後の論文)の形を取る。e-プリントは、雑誌論文や会議発表論文、本の章など任意の形態の研究成果物である。「e-プリントアーカイブ」とは、簡単に言うと、これら資料のオンラインリポジトリのことである。一般に、e-プリントアーカイブは、コンテンツを幅広く発信できるように、ウェブ上でフリーに利用できるようにされている。
既に多くのオープンアクセスのe-プリントアーカイブが存在している。おそらく最もよく知られているのはarXiv[3]である。arXivは、高エネルギー物理学、数学、計算機科学のためのサービスである。認知科学をカバーするCogPrints[4]はもう一つの例である。これらはいずれもセンター方式の主題サービスであり、単一の機関(前者はコーネル大学、後者はサウサンプトン大学)が運用する単一のe-プリントリポジトリである。すべての機関の研究者は、電子メール、あるいは、オンラインのセルフアーカイブ機能を使って、遠隔地からアーカイブに論文を投稿する必要がある。
センター方式の主題アーカイブが稼動しているとはいえ、現在のところ、それは限られた主題コミュニティに取り上げられているにすぎない。このため、別のモデルがe-プリントの推進者により示されている。e-プリント機関アーカイブである[5]。このモデルによれば、機関は、アーカイブの立ち上げを援助する資金を持ち、アーカイブの運用を支援するための組織的および技術的基盤を持っている。さらに、彼らは研究成果を外部に公開したいという直接の利害関係を持っている。そうすることで、研究コミュニティにおける彼らの機関の地位を高めることになるからである。
今のところ、e-プリント機関アーカイブを構築した例はほとんどない。エジンバラ大学とノッティンガム大学によるアーカイブの構築は、分散型の機関モデルがうまく働くかどうか[6]を確かめる実験の試みである。もしうまくいくとしたら、成功を導く鍵となる要因の1つは間違いなくオープン・アーカイブズ・イニシアティブであろう。
オープン・アーカイブズ・イニシアティブ(OAI)[7]とは、「コンテンツを効果的に発信できるようにすることを目的とする相互運用性の標準を策定し、その普及をはかる」イニシアティブである[8]。この活動の中心はOAIメタデータ・ハーべスティング・プロトコルである。このプロトコルは、多くのアーカイブからメタデータをハーベストし、これをまとめて検索可能なデータベースにすることにより、e-プリントアーカイブ間の相互運用を可能にするものである。ハーベストされるメタデータはダブリンコアの形式であり、通常、著者やタイトル、主題、抄録、日付などの情報を含む。
OAIは「データプロバイダ」と「サービスプロバイダ」を区別する。OAIデータプロバイダは、メタデータをハーベスタに提供するアーカイブである。サービスプロバイダは、メタデータを収集し、それを使って、メタデータの検索などのサービスを開発する。本稿ではデータプロバイダを対象とする。データプロバイダとサービスプロバイダの区別は概念的には非常に重要であるが、使用されている術語はアーカイブプロバイダには少し評判が悪い。多くのアーカイブプロバイダは自身の役割を、自らサービスを提供するものと考えているからである。エジンバラ大学とノッティンガム大学では、我々が行っているものはもちろん、自動化ハーベスタにデータを提供するだけでなく、利用者に直接サービスを提供するものである、と考えている。
いずれにせよ、OAI準拠にするもっとも重要なポイントは、分散したアーカイブに相互運用性を与える条件を作り出すことである。論文がどこにあっても簡単に検索することができるような、横断検索可能な世界規模のバーチャル研究アーカイブの可能性もあるのである。
エジンバラ大学においても、ノッティンガム大学においても、e-プリントアーカイブの構築にはeprints.orgソフトウェア[9]を使用した。このソフトウェアはサウサンプトン大学で作成されたものであり、誰でも自由に利用することができる。このソフトウェアの大きな利点は、OAI準拠であることである。インストールすれば自動的に、OAIハーベスタがハーベストできる形でメタデータを生成できる状態になる。我々はバージョン1のeprints.orgソフトウェアを使用した。ここで述べるのはこのバージョン1での経験である。最近、バージョン2が利用できるようになった。新規利用者はこちらのバージョンを利用することになるだろう。
いくつかのポイントを紹介するために、ここではノッティンガム大学でのインストールについて述べる。ノッティンガム大学で使用しているウェブ開発プラットフォームは、標準的なインテルPC(800MHz, 256MB RAM, 20GB IDEハードディスク)であり、Linux(SuSE 7.2)上でApacheウェブサーバとMySQLデータベースを稼動させている。これは新しいアプリケーションを試すには簡単で手頃なシステムであるが、本サービスを開始するには、もっと高性能のシステムに移行するつもりである。
eprints.orgソフトウェアのインストールは比較的簡単であるが、問題がなかったわけではなく、現在でも動かないモジュールがある。バージョン1、2共にインストールにはPerlとMySQLの知識が必要である。
バージョン1のインストールで発生した問題の一つは、電子メールによる利用者自動登録に関するものであった(利用者は資料をセルフアーカイブするためには登録が必要)。我々はこの機能を最後まで満足に動かすことができなかった。それで、現在のところ手作業で登録を行わなければならない。バージョン2ではウェブベースの新しい登録システムがあり、たぶん簡単に設定できるものと思われる。しかしながら、もし機関全体にセルフアーカイブを広めるなら、もう1つ別の利用者名・パスワードの組を作成するのではなく、現在使用している利用者登録方式(たとえばLDAP経由のNDS)をシステムに統合したいと思うのはまちがいないだろう。
ソフトウェアをインストールしたら、次はメタデータ形式(主題階層やファイル形式)を設定し、ユーザインターフェースをカスタマイズする必要がある。独自の主題階層を設計し、データベースにロードすることは簡単である。しかし、ドキュメントのロードを開始した後に主題階層を変更することははるかに難しくなるので、多くのドキュメントをロードする前にこれを正しく設定しておくことが重要である。受け付けるファイル形式のリストを変更したり、静的なホームページや情報ページを変更することも容易である。同様に、カスタムヘッダとフッタを設計し、すべての動的、静的ページに適用することも簡単である。ドキュメント抄録ページなどの動的なページの変更は、(たとえば、ドキュメントステイタスに2,3行のPerlスクリプトを追加するなど)少しだけ複雑である。
全体的にはeprints.orgソフトウェアは実用的ですばらしいソフトウェアである。このソフトウェアを使うことで、各機関は、独自の開発をすることなくOAI準拠のリポジトリのフレームワークを即座に作成することが可能である。
ソフトウェアをインストールしたら、サーバをOAIに登録する必要がある。OAIは、OAIサービスプロバイダが訪問できるようにOAI準拠のアーカイブのリストを維持している。アーカイブリストに登録する前に、OAIはハーベスタをアーカイブに送って多くのテストを実行して、アーカイブが完全にOAI準拠であるかどうかを調査する。これが完了すると電子メールにより承認通知がなされ、アーカイブは公式リストに追加される。ノッティンガム大学は既にアーカイブを登録している。エジンバラ大学では、大学のしかるべき委員会がエジンバラ大学研究アーカイブ(ERA: Edinburgh Research Archive)を公開することにまだ承認を与えていないので、アーカイブの登録に時間がかかっている。
OAIプロトコルはメタデータの相互運用性の機能を提供するものであり、アーカイブコンテンツの仕様ではない。OAI準拠に加えて、e-プリントアーカイブのコレクションポリシーを作成し、コレクションの構築と管理に関わる様々な問題を規定することが重要である。
ここで鍵となる要素の1つにドキュメント種別がある。どのような種類のドキュメントをアーカイブに受け付けるのか。特に、アーカイブはポストプリントだけでなく、プレプリントも受け付けるか否かの判断がここでは重要である。何か別の基準を論文に適用するか。会議発表論文やテクニカルレポートは受け付けるのか。
次にファイル形式をどうするかを判断する必要がある。eprints.orgソフトウェアがデフォルトで受け付けるファイル形式は以下のとおりである。
アーカイブの管理者はこれらのフォーマットに対して追加・削除をしたいと考えるだろう。追加候補としては、数学者や物理学者に使用されているTeXやLaTeXのような専門家向けのドキュメント作成形式やリッチーテキストフォーマットのような共通形式が考えられる。非サポート形式からサポート形式への変換に利用できるオープンソースのユーティリティプログラムが存在し、LaTeXからPostscriptやPDFへの変換はこれらのプログラムを使って実行することができる。
デフォルトの形式をすべて受け付けるか否かも判断する必要がある。たとえば、HTMLは非常に流動的な標準であり、妥当性の確認が容易ではない。この形式の文書を受け付けないのも賢明な判断であろう。
ドキュメント形式の問題に関連して、デジタル保存の問題がある。OAIに基づいて研究資料の「フリーな集成」を構築するという考えに対して機関がしばしば抱く懸念の1つは、まさに「アーカイブ化」それ自体に関する疑問である。オープン・アーカイブズ・イニシアティブの「アーカイブ」は、主として論文のデポジットプロセスを意味し、その保存プロセスではない。同じ頭字語を持つプロジェクト、OAIS(Open Archival Information System)[10]では、長期保存のためのアーカイブ化の問題を取り上げている。e-プリントアーカイブの管理者が、アーカイブの中長期にわたる稼動を考える際に、OAISの原則を適用したいと考えることはもっともなことである。Peter Hirtleが言っているように、「OAIS参照モデル」に準拠し、長期にわたるアクセス可能性と信頼性、完全性を保証するOAIシステムは、学術研究において本当に役立つものとなるだろう。」[11] この意味で、少なくともOAISの可能性を今知っておくことは良いことである。
OAISは、デジタルオブジェクトを永久に保存するためにはビット列に変換すべきであるという前提に基づいたモデルである。デジタルオブジェクトは「受け入れ(ingest)」として知られる2段階のプロセスによりアーカイブされる。まず、データは媒体から切り離されて基礎にある抽象形(underlying abstract form)にされ、次に、基礎にある抽象形がビット列にマッピングされて保存される。このモデルは、非常に高度な論理的抽象化操作を行うことで、デジタルリソースを保存のための形式に変換し、逆の操作で元のリソースを再生することができるシステムを記述することに成功している。
保存のためのドキュメント形が作成されると、長期間のデジタル保存には基本的に3つの戦略が存在することになる。
1番目と3番目の戦略において、保存すべき重要な要素の1つに、場所の保存がある。eprints.orgソフトウェアは各論文にユニークなURLを自動的に割り当てる。しかし、将来アーカイブに別のソフトウェアが使われた場合、このURLはおそらく変わることになるだろう。カリフォルニア工科大学(CatTech)では、この問題に取り組み、各論文に永続的URLを割り当てることのできるシステムを作成している[12]。
ドキュメント種別と形式の問題が解決したら、次に検討すべきコレクション形成上の問題は投稿手続きである。e-プリント運動は伝統的にいわゆる「セルフアーカイブ」と結び付けられてきた。すなわち、著者が自分で文献の形式を整えて、投稿する方式である。これは既に定着したアーカイブではうまく機能している。eprints.orgソフトウェアはセルフアーカイブ機能を持っている。しかし、我々の経験では、それはいくぶん長い道のりであり、ある程度のITリテラシーを必要とする。やる気をなくす利用者もいるだろう。
この観点から、e-プリントの推進者の中には、機関リポジトリの投稿は仲介されるべきだと唱えるものもある。少なくとも最初のうちは、図書館(あるいは、アーカイブを管理する者)は利用者に代わってアイテムをデポジットするべきである。我々はこれが図書館がするほとんど唯一の作業であることを知った。利用者のためにファイルのフォーマットや変換をする作業もこれに追加されるかもしれない。たとえば、多くの利用者はワープロ文書をPDFに変換する手段を持っていない。アーカイブの管理者は少なくとも初めのうちはこれを引き受けるべきだという意見が存在する。
アーカイブ管理者が行うべきもう一つの役割は、メタデータの作成である。OAIはメタデータの交換を基礎とするので、メタデータを正しくすることが基本的に重要である。OAIプロトコルは限定子なしのダブリンコアメタデータをハーベストするが、実際問題として、このメータデータではほとんど何でも意味することができてしまう。メタデータが正確で、かつ十分詳細であることを保証するためにメタデータの品質にある種の閾値を設けることが重要である。特にセルフアーカイブを考える場合にはこれが当てはまる。セルフアーカイブの潜在的問題の1つは、著者が作成するメタデータが間違いだらけであることである。セルフアーカイブ環境においては、レコードを公開する前に、メタデータをチェックし、必要に応じて修正できる何らかの承認審査プロセスを持つことが重要である。eprints.orgソフトウェアでは、これをワークフローに組み込んでいる。アイテムは、公開される前にシステム管理者から承認されなければならない。管理者はこの段階で、投稿された文献を受諾、修正、棄却することができる。
メタデータの形式と品質は、メタデータをハーベストして検索機能を作成するOAIサービスプロバイダにとって明らかに重要である。ARCサービス(実験的なサービスプロバイダ)の作成者はメタデータの多様性に関連する多くの問題を報告している[13]。この多様性には、スペリングや日付形式の違いといった単純なものから、主題記述子の違いといったより複雑なものまでが含まれていた。たとえば、この種のメタデータを正規化して、意味のあるブラウジングインデックスを作成することは非常に難しい。彼らはコントロールされたボキャブラリの使用を提案しているが、それがどの程度現実的であるかは今後の課題である。
OAIプロトコルのもう1つ考えられる弱点は、メタデータに関係する。OAIメタデータは、従来型の検索エンジンからは収集されないという事実である。検索エンジンは実際、ノッティンガム大学のアーカイブのブラウズページからHTMLファイルを収集していることがわかった。しかし、これはまったく効率的なものではない。OAIアーカイブ管理者がこの問題に取り組む際には、OAI準拠のメタデータを検索エンジンに合ったデータに翻訳することのできるDP9[14]のような新しいソフトウェアツールが重要となるであろう。
OAI準拠のe-プリントサーバを一からインストールすることは、ハードウェアとソフトウェアに関してはコストのかさむものではない。コストのほとんどはスタッフの時間である。インストールに必要なスタッフ時間のおおよその目安は以下のとおりである。
これに加えて、サーバのハードウェアコストがかかる。このコストは、e-プリントアーカイブをインストールするのに専用のサーバを購入するか否かにより変わってくる。
しかしながら、インストールコストは、アーカイブの管理コストや、特に、研究者の参加を奨励する際にかかるコストに比べれば取るに足りないものである。エジンバラ大学とノッティンガム大学でこれに取り組み始めたばかりであるが、これがもっとも大きな課題であることが既に明らかになっている。
アーカイブのセットアップも一仕事であるが、開発中のサービスに利用者を参加させることはもう一つの大仕事である。e-プリントアーカイブを稼動させるためには、利用者の参加が主に2つの意味で必要となる。1つは、コンテンツへの貢献であり、もう一つは、コンテンツの利用である。何もしなければ、これは鶏と卵の状況になる。すなわち、彼らはコンテンツがないと使わないだろうし、使わなければそれに貢献しないだろう。この状況を変えるために、アーカイブの管理者は、初めに何らかの努力をする必要がある。最も重要な(そして、最も難しい)ことは、アーカイブに置くコンテンツを集めることである。
コンテンツの収集には2段階ある。初期の(短期の)段階では、デモンストレーションバージョンのアーカイブを構築することができるだけの量のコンテンツの収集である。2番目の(中長期の)段階では、有益なサービスを提供するために最低限必要な量のコンテンツの収集である。2段階目のコンテンツを収集するためには1番目の収集が重要となる。原則的には、「百聞は一見に如かず」であり、デモンストレーションバージョンを見せれば、その可能性を議論することがははるかに容易になる。当然のことながら、利用者は実際に稼動しているところを見てから、アーカイブに貢献したいと思うだろう。
デモンストレーション用のデータベースを構築する際に重要なことは、「本物の」コンテンツを使うことである。既にオープンアクセスのパブリックドメインになっている出版物を使うことがもっとも簡単なことであることは分かっていた。ノッティンガム大学においてもエジンバラ大学においても、これらの資料を、個人のページの場合もあったし、部局のページの場合もあったが、機関のウェブサイトにおいて発見することができた。部局が提供するサービス上にある論文を教員が教えてくれた場合もあった。また、arXivのような既存のe-プリントアーカイブでも見つけることができた。すべてのケースにおいて、我々は関係するスタッフに電子メールで連絡を取り、我々のデモンストレーション用のe-プリントアーカイブに資料を置いてもいいかどうかを尋ねた。すべてのケースにおいて、承諾が得られ、中には依頼した以外の論文を送り返してくれたケースもあった。このアプローチにより、両大学とも比較的速やかに50本程度の論文をデモンストレーション用に集めることができた。
e-プリントアーカイブのためにコンテンツを集める際に鍵となる方法の1つは、教員とは、より一般的な話として、学術コミュニケーションの問題について話すことである。e-プリントアーカイブは結局のところ、独立して発展したものではなく、学術出版産業における多くの構造的問題に対する1つの回答である。これらの問題を取り上げ、e-プリントアーカイブがいかにそのソルーションに成りうるかを示すことが、どんな機関における啓発キャンペーンにおいても非常に重要になる。
ここで一つ注意しておく。一般に、教員は「雑誌危機」それ自体にはまったく興味がない。単に、1980年代以降、雑誌価格が不当な率で上がったことを述べただけでは、一般に、研究者が何かをしなければならないことを、彼らに納得させることはできない。「それは図書館の問題だ」として、容易に忘れ去られるに違いない。むしろ、文献の作成者あるいは読者として、研究者の視点から議論を導くことが重要である。
では、研究者にとっては何が利点なのか。この疑問に答えるには多くのアプローチが考えられる。
現場の研究者を説得すると同時に、機関の管理者や政策立案者を説得することも重要である。問題は「機関にとっては何が利点なのか」である。
この最後の点はあまり強く主張するべきではない。管理者が図書館への予算配分を前倒しで削減させる恐れがあるからである。この点については、アーカイブを構築して稼動させるために今投資を行った場合に、長期的に見て,得られる可能性のある経済効果であるということを強調する必要がある。機関の情報資産管理に関する幅広い方針の一環として,e-プリントアーカイブを直ちに経済効果に直結させようとする考えは、しばしば上級管理者の心の琴線に触れるらしいのだ。
e-プリントに関する肯定的な事柄を述べるだけでなく、教員や管理者の胸に浮かんできそうな問題にも対応することが重要である。我々の経験では、教員の間に繰り返し現れる多くの大きな問題が存在する。
知的所有権および著作権は人の関心を引く、複雑な問題である。研究成果の著作権を持っているのは誰なのか。ほとんどの高等教育機関においては、慣習上も実際上も、学内の研究者は自分自身で著作権を主張したり放棄することが許されている。多くの学術雑誌は出版前に著作権を譲渡するよう著者に要求する。しかしながら、法律上、著作権あるいは研究成果は、実は個人ではなく、雇用者(高等教育機関)が所有するものであるという意見がある。しかし、この問題を教員に提起することには細心の注意を払う必要があることがわかった。多くの場合、この件で研究者と争うことはせず、著作権は著者が所有していることを前提として話を進めるのがベストである。
最も重要なことは、研究者が考えなしに著作権を出版社に譲り渡すことを阻止することである。著作権の放棄を要求しない雑誌に投稿したり、著作権(あるいは、少なくとも電子版の配布権)を保持するよう著作権契約を変更するなど、著作権を保持することができる道を研究者に勧める必要がある。これに失敗した場合は、「Harnad-Oppenheim」の戦略を試してみるべきである。つまり、プレプリントバージョンの論文とその(レフリーのコメントにより行った)修正をe-プリントアーカイブにデポジットするのである[17]。これらを行うには研究者を支援することのできる著作権に詳しい協力者が必要であろう。エジンバラ大学とノッティンガム大学ではもちろん、学内の研究者が著作権に関するアドバイスに必要に応じて簡単にアクセスできるような方法を検討中である。
高いインパクトファクターを持つ従来の雑誌に研究成果を投稿することを止める必要はない、ということを研究者に伝えることが最も重要である。彼らはそれを続けるに違いないが、同時にそのコピーをe-プリントアーカイブに置くのである。これは「二者択一の」問題ではない。
この議論は、品質コントールに対する心配を和らげることにも役立つだろう。研究者はしばしばセルフアーカイブは、自費出版と同じではないか、また、ピアレビューをないがしろにするのではないか、と心配している。ここで重要な点は、現時点では少なくとも研究者は、ビアレビューの「お墨付き」を得るために、自身の論文を今でも雑誌に投稿しているに違いないということである。物理学では、研究者はたとえarXivに研究成果を置いたとしても、相変わらず雑誌にも投稿しているのである。
物理学は確立したプレプリント文化を持っており、物理学者は査読前の論文(プレプリント)もarXivにデポジットしている。しかし、他の学問分野はこれとは異なる。我々の経験では、物理学以外の学問分野の研究者は、プレプリントを公開するという考えをひどく嫌っている。このような場合はプレプリントの公開という考えは重視せず、ポストプリントのみをe-プリントアーカイブに置くよう研究者に勧めた方が効果的であることがわかった。学問分野による違いは大きく、ドキュメント種別ごとに異なるポリシーを持つ、主題別の多くのe-プリントアーカイブを持つことを検討する機関が出てくるほどである。
何が起ころうと、e-プリントアーカイブは研究者のニーズと研究形態に対応して運用することが重要である。研究者が研究成果をできるだけ投稿しやすいようにする必要がある。最初のうちは、「図書館は精一杯やります」と強調することが、コンテンツを集める唯一の方法だろう。研究者は、お役所仕事が増えることを望まないし、新しいITスキルを習いたいとも思わない。研究者がアーカイブの管理者に論文を電子メールで送れば、フォーマット変換されてe-プリントアーカイブに投稿されるようにすれば、研究者のコンテンツ提供は促進されるだろう。
また、もし、研究者がe-プリント運動が学術コミュニケーションの「伝統ある」規範を損なうものではないと考えるようになれば、研究者のコンテンツ提供は促進されるだろう。既存のシステムにかなり満足している研究者もいる。彼らはそれを使って名声を築いてきたからである。また、図書館員とは違い商業出版をネガティブな目で見ない。なぜなら、彼らはしばしば雑誌業界の経済的実態から遮断されているからである。編集者の中には、何らかの形で出版社から報酬を得ている者もいるかもしれない。それゆえ、セルフアーカイブは「伝統的な」雑誌の補完物であると説明すると良い場合が多く、また、実際そうである。もう一度、基本的なメッセージを繰り返すと「ピアレビュー雑誌に論文を投稿することを止める必要はありません。ただ、同時に、e-プリントアーカイブにもそれをデポジットしてください」である。
エジンバラ大学とノッティンガム大学では、まだ啓発活動に取り掛かったばかりであり、それほどの経験はない。しかし、我々にはすでにそれが困難なものであることが分かっている。我々は多くの広報手段を使用した。
様々なスタッフがこれらの活動に参加できる。学内委員会の上級委員には図書館の上級管理者が対応する。彼らの参加は、プロジェクトの推進力を維持するために良い方法である。他には、主題図書館員を、アーカイブの評判を広め、参加を促す役割に充てることが望ましい。
すべての図書館プロジェクト同様、各学部において同僚に参加を促すことのできる「推進派」を見つけることがもっとも効果的なアプローチである場合が多い。1部局あたり数人のスタッフを集め投稿を奨励するという部局単位のアプローチを試すこともできるであろう。上役の支援を得ることが、ここでは特に重要である。もちろん、正しい推進派を見つけることが重要である。あまりに急進的な考えを持つ者を選ばないことが特に重要である。たとえば、従来のピアレビュー制度にまったく反対であり、オープンアーカイブを自分の意見を推進するための錦の御旗だと考えかねない研究者がいる。このような「推進者」は役に立つより、障害になることのほうが多いだろう。
どんな手段を使うにせよ、我々の限られた経験はそれが延々と続くつらい仕事であることを示している。特効薬は存在しない。様々なメディアやフォーラムを繰り返し使ってメッセージを理解させなければならない。それが浸透するまでには時間が必要である。
e-プリント機関アーカイブモデルはまだ検証が必要であるが、明らかに潜在能力をもっている。我々に今必要なのは、実装上の問題を検討するためのe-プリント機関アーカイブのより多くの事例である。また、より多くのOAIサービスプロバイダも必要である。それにより、研究者が使用できるような形で検索機能やその他の付加価値サービスを提供できるかどうかを知ることができる。英国においては、JISCのFAIR (Focus on Access to Institutional Resources) プログラムにより、e-プリントアーカイブを含むOAI準拠の実装システムの使用が促進されることが期待される[20]。実装のために外部資金が利用できてもできなくても、OAI準拠のe-プリントアーカイブは、研究文献へのアクセスを改善させる現実的な機会を与え、学術コミュニケーションプロセスを向上させるものであるということを認識することが必要である。図書館と情報の専門家はビジョンを持って、この分野に現れた以上のような重要な動きにおいてリーダーシップを取るべきである。
Mike Gardner Mike.Gardner@Nottingham.ac.uk Mikeは、ノッティンガム大学図書館サービス部門のウェブサポート担当官である。 Stephen Pinfield Stephen.Pinfield@Nottingham.ac.uk ノッティンガム大学学術サービス図書館員。 John MacColl john.maccoll@ed.ac.uk Johnはエジンバラ大学のSELLICプロジェクトのディレクターである。(理工学図書館所属) |