イベント / EVENT

平成24年度 第3回 Q&A

第3回 2012年8月22日(水)

専門用語の構造〜 新しい言葉が生まれるとき?〜
小山 照夫 (国立情報学研究所 名誉教授)

講演当日に頂いたご質問への回答(全21件)

※回答が可能な質問のみ掲載しています。

自然語と専門用語の間に明確な線引きはできるのでしょうか?その場合の条件もしくは専門用語の定義はありますか?

厳密な線引きは難しいと言えます。専門用語らしさとしてのTermhood(専門用語性)は専門家の間での言語感覚に依存していて、専門家にとって議論のテーマや、関連話題としての物事を指示する言葉であると実感できることがTermhoodの本質です。したがって、境界的な言葉については、専門家の間でも意見の分かれうる問題と言えるでしょう。

事例として「イヌ」が取りあげられましたが、日常会話に出てくる「イヌ」と専門用語としての「イヌ」とは、どのように使いわけたらよいのでしょうか?

私の感覚では「イヌ」を専門用語として使用する局面を想像しにくいのですが、しかし、一般の言葉を専門用語として使うことはあり得ます。これを一般的に言うなら、使い分けという視点では、専門家間で特定のテーマを議論する際に特別に意味の制限された形で使われ、かつ、専門家の間で慣例的にそのような限定された意味で使用されているかどうかが問題になります。結局専門家が意図的に限定された意味で言葉を使うかどうかという問題で、議論している専門家の間ではある意味あたりまえ(常識)のことになります。ここでの使い分けは議論のテーマ選択によって行われることになります。なお「イヌ」の学名 Canis lupus familiarisは、(分類)生物学での専門用語です。

マスコミが衝動的に作った専門用語が不合理であった場合に、どのような修正がおこなわれるのでしょうか?たとえば「環境ホルモン」、ホルモンの定義を変更すれば専門用語として認識することができますか?

この言葉について言うなら、「環境ホルモン」を専門用語にしてしまうという選択もあると思います。生体が自身の機能を調整するために、生体組織の活動に影響を与える物質として自ら合成するものが本来の「ホルモン」だとしても、外部環境由来の物質で生体組織活動に影響するものを比喩的に「ホルモン」と呼ぶことはありえます。この言葉については「ホルモン」は生体内部由来のものではなく、比喩として外部由来の化学物質を指すという合意ができれば専門用語として受け入れることはできると思います。比喩を許さないという視点で詳しく言い換えるなら「環境性生体機能物質」とでもなるのでしょうか。しかし、明確な合意ができるならいっそ比喩にたよってしまうということもありそうです。この辺りは分野の専門家の感覚(どちらが使いやすいと感じるか)に依存すると思います。

「複合語」等の専門用語の性質は各国語で共通でしょうか?例えば日本語、欧米語、中国語で、各語の文法等による違いはありますか?

講義では詳しく触れませんでしたが、専門用語となりうる文法的構造はいくつか考えられます。日本語では接続助詞と呼ばれるものを用いた、「情報 の 処理」などが代表的な候補になりますし、英語などのヨーロッパ系言語では前置詞を用いた"Mode of processing"のような構造も考えられます。ただ、日本語の場合、特殊なものを除いては接続助詞などを用いた構造は一語性が低いとみなされる傾向があります。ヨーロッパ系の言語では、前置詞を用いた構造であっても、専門用語とみなされる場合は結構あります。また、複合語そのものの場合でも、日本語では構成要素(形態素)間の関係を推定する手がかりがほとんどないのに比べて、ヨーロッパ系の言語では語尾変化などが残っていることが多く、複合語の構造理解の手掛かりは相対的に豊富であると言えます。
中国語など、アジア系の言語についてはあまり調査しておりませんので意見は控えさせていただきます。

新たに作成された複合語は、どのような課程を経て専門用語として普遍化していくものなのでしょうか?

当初は提案者が新しく提案しようとするもの/ことについて、何の仲間であるかを強調したいかによって主部(Head)が決まり、そのどこを特徴として主張したいかによって修飾部に加える要素(形態素)が決まるという形で用語構成が行われると考えられます。それが分野の複数の専門家に提示された結果、指示したい対象を表す言葉として納得が得られ、かつ提案された内容が妥当なら提案者以外の専門家もその言葉を使うようになり、定着していくと考えられます。提案された内容にあまり妥当性や有用性がなければそもそも忘れられることになるし、妥当なものでも命名に納得がいかない専門家が多ければ、別の専門用語を提案する人間が現れ、多数の支持を得たものが用語として固定していくと考えられます。

日本での複合語(専門用語)を外国語(英語、中国語等)に翻訳する際の決まり(約束)みたいなものはありますか?また、その逆は?

中国語はあまり検討していないので回答は控えさせていただきます。
英語と日本語では、基本的な複合語の構成は共通していると考えています。つまり、形態素のレベルで等価なものがあればそれを利用するし、完全に対応するものがなければ似たものに修飾を加えて要素とすることが行われると思います。ただ、用語となりうる構造が日本語と英語ではやや異なっていて、英語では"Mode of processing"のような構造も結構存在するし、語尾変化を加えることも多くあるので、完全に構造が一致するわけではありません。

P38に反論を試みます。「マイブーム」、「イクメン」(漢語+英語)、「マルタケ」「カネチョー」(老舗のデパート名)、「オキニ」(お気に入り) まだまだありそう。→日本語も顕著なのでは?

これらの言葉が使われる「専門分野」というものがありうるかという問題であると考えます。これらの多くは古くから俗語(slang)と呼ばれているもので、特定の年代やグループの間で、他の集団と区別するため、あえて外部集団とは異なった言葉づかいをするために、一般的に用いられる言葉があるにもかかわらず、その倒置や省略が行われることの例であると考えております。したがって、slangを用いる集団は、特定の目的のために方法論と手法を共通にして議論を行うための集団としての「専門分野集団=専門家」とは区別すべきであるというのが私の見解です。

情報学や数学に限っていえば、英語で聞いた方がその意味が即わかる場合が多いのですが、(そう思うだけ?)英語に権威があるわけではなくて動詞からの名詞の派生のようなことがあるのではないでしょうか?(function<演算のイメージ>→函数(中国語あて字)→関数(???))

ここにはおそらく歴史的な経緯があると思っております。外来語を専門用語とすることは極めて一般的な傾向であり、それを翻訳するかどうかは対応する適切な形態素を見つけることができるかどうかにかかっております。日本の学者は明治維新以前には基本的に漢語をその主たる学問の背景としており、ヨーロッパ系の言葉は一度漢語に訳した方が理解しやすかったと思われます。しかし特に昭和以降、漢語の素養が失われてくると、ヨーロッパ系の言葉に対して適切な訳語を見つけにくくなり、不自然な訳語を使うより元の言葉をそのまま使う方が理解しやすいという事情が生まれていると考えています。
動詞からの名詞の派生は、実はほとんどの言語に存在しているので、このこと自体が問題ではないと思います。ただし、日本語では用語の要素となる動詞は基本的にサ変名詞であり、名詞化が単に補助動詞の削除として行われるのに対して、ヨーロッパ系言語では語尾に付加的要素を追加して行われており、名詞化のための語尾が複数存在するところから、名詞化に伴うニュアンスの相違が出せるという特徴があり、このことはある程度効いている可能性はあると思います。

日本語と英語、またはその他の言語で、専門用語の構造は違いますか?

既出ですが少し追加をすると、どの言語でも文章を構成する場合に、句構造というものが現れます。専門用語で問題となるのはこれらのうちで名詞句と呼ばれるものになりますが、複合語はその一つになっています。日本語では複合語でない名詞句(たとえば「構造の解明」、「構造を解明すること」など)は一語性(unithood)が低いとみなされるのに対して、たとえば英語では"Analysis of structure"のような構造でもunithoodがあるとみなされる場合があります。

英語が専門用語になると特別なカタカナになるケースが多いですが、世間一般でどのように表現しているかを調べる手段はどのような方法がありますか?例えば、計算機のハードディスクはstorageですが、カタカナではストレージと書くようです。

この問題についてはあまり詳しくないため、きちんとした答えにならないのですが、英語の発音を音素に分解し、それぞれについてカタカナ表記の候補を用意しておくことにより、全体としてどのようなカタカナ表記が可能であるか、複数の候補を推定し、あとはWebなど、ネット上の情報として各候補がどの程度使われているかを調べるなどが試みられているようです。

新しい専門用語の周知方法は? 新しい専門用語が作られたとき、どこで合意がとられてどの範囲の人々に、どうやって周知されるのですか?一般人は、それをどうやって知るのでしょうか?

専門用語の発生という視点からは、特定のもの/ことを新しく主張したい専門家がいて、その言語感覚から主部(head)と修飾部(tail)を選ぶことが結果として新しい用語の提案になります。ただ、これが同一分野の他の専門家に受け入れられるかどうかは、多数の専門家がそれでよいという感覚を持つかどうかにかかっています。したがってここでは合意と呼べるものがあるとするなら、学会等での議論を通じて複数の専門家の間で受け入れられるかどうかということ以上のものではないと言えます。一方、分野外の人間にとっては、大多数の専門用語は受け入れる必要のないもので、専門用語が一般の会話で使用されるようになるのはむしろ珍しいことになると思います。おそらく新しく提案されたもの/ことが日常の各種活動に大きな影響を及ぼす場合に限って、元々は専門用語であったものが分野外でも使用されるようになるわけで、これは専門用語の受容というよりはあたらしい一般語の発生/受容と言った方が良いと思われます。

専門用語は必ずユニークか?(省略していない場合) 同じ意味を持つ(表現する)専門用語が複数できてしまうことはあるのか。例えば、国内と国外で異なってしまっているとか、学会によって違うとか。仮にあった場合、どうやって一つにするのですか?

同一対象に複数の用語が当てられた有名な例では、「遊星」と「惑星」や「伝導」と「電導」などがあります。専門用語の受容は、分野の多くの専門家がそれでよいという感覚を持つかどうかにかかっており、多くの場合は一つの表現に集約されますが、それでも集約しきれない場合が生じる可能性はあります。この場合現実的なのはおそらく専門家の集団、たとえば学会などで標準化を行うことでしょう。あと、医学や化学などでは、基本的な命名方法をあらかじめ決めておいて、あまりに多様な用語ができないように配慮している分野もあります。ただ、これだけで完全に用語の統一ができるわけではなく、標準化の必要が生じる場合も残ります。

専門用語DB(データベース)は整理されていますか。専門用語DBは四字熟語と同様、その語の示す意味を理解することで、用語として使えるものだと思います。そこで、分野や学会別などで公開している専門用語DBがあれば、分野知識がすくなくても話しを理解できると思います。こういったDBはありますか? NIIで作らないのですか?

文献検索/情報検索の分野では用語集ないしはシソーラスと呼ばれる辞書を用意して検索漏れがないようにする試みが古くから行われています。ただし、これらの辞書で、詳細な語義まで備えているものはそれほど多くありません。これは、一般語の辞書と同じく、用語がどのような意味で使用される可能性があるかを正確に把握するためには様々な用例が必要であり、語義定義におけるある程度の割り切りが必要となるためで、そのためのマンパワー/資金が用意しにくいためでもあります。また、日本ではこの種の用語辞書の網羅的な編纂は相対的に活発ではなく、まとまったものが少ない事情もあります。その中で、過去には各学会と文部科学省(文部省)の編集で、「学術用語集」が発行されていました。このうち、各学会及び文部科学省(文部省)から了解が得られたものについて、NIIがデータベース化し、「オンライン学術用語集」として公開しています。
http://sciterm.nii.ac.jp/cgi-bin/reference.cgi
元の冊子が更新されていないため、データベースも更新されていない状況で、今後も追加・更新の予定はありません。

NIIの役割につきましては、やはり人材と資金の確保をどうするかという問題が大きく、また、関連機関との役割分担の問題もあり、現在のところ辞書を編集する状況にはないのが現実です。

副題として「~新しい言葉が生まれるとき~」とあるが、具体的に最近生まれた専門用語は、どんなものがあるか?

たとえばGPGPU(General Purpose computing on graphics processing units)などは比較的最近のものです。これをあえて訳せば「画像処理ユニット汎用計算」とでもなるのでしょうが、通常はGPGPUという形で使っています。あと 最近というよりは少し古くなりますが、一般にも広まった例では「ウシ海綿状脳症」(Bovine Spongiform Encephalopathy = BSE)などもあります。

機械翻訳、または音声の自動文字表示(キャプション)で、異なる分野の専門用語を訳し分けたり、表示したりする場合のアルゴリズムはどのようになっているのですか?やはり、前後の文脈で判定されるのでしょうか?簡単に説明していただけたら幸いです。

このあたりの訳分けを自動で上手に行える機械翻訳システムはおそらく実現されていないと思います。文脈理解は機械翻訳が苦手とするところで、せいぜい人間が文書の分野をあらかじめ判断して指定してやることにより、訳語の優先順位を変えるくらいかと思います。

急性-細菌性-髄膜炎は入れかえできないのでは?
 ↑  ↑
 広い>狭い

これは交換不可能な順番の例として挙げたものです。この順番を守るというのが命名法(Nomenclature)ということです。

一度定着した専門用語が新しい意味で使われ始めたとき、定義が新しいものに変わるために必要な手続きや条件はあるか。そのような例はあるか。

専門用語であること、また、その言葉が何を指すかは、結局専門分野の多くの専門家が認めるかどうかという以上の基準はないわけで、同じ分野で言葉の意味(それが何を指すか)が変わることはあり得ます。特に言葉の意味を限定する、あるいは類似の対象にまで広げるということは十分考えられます。
例はあまり適当なものが思い浮かびませんが、もともといろいろな形の機械があったものが、「計算機」だけで特定分野では「電子計算機」を示すなどは一つの例だろうと思います。

専門用語として認められるための基準や儀式的なことはあるのか?誰でも専門用語を作って自由に使えるのか?

専門用語となるための基準は、結局その分野の専門家の多くが専門用語として認めるという以上のものはありません。新しいアイディアを記述するために最初は提案者が新しい言葉を使うことになりますが、それが分野専門家に認められるのは、専門家の間で繰り返し使われるようになるかどうかにかかっていると言えます。だから、新しいアイディアを示すために新しい言葉を使うことは誰にでも許されるが、それが用語として定着するかどうかは、分野の研究者に認められることが必要だということになります。

格の記述が省略されるのは漢語(中国語ではなく、日本語の中で漢語を並べて使っている言葉のこと)では当たり前であり、専門用語に限らないのではないでしょうか? 
例:「市民講座」「専門用語」

複合語を構成する規則として、格記述を省略するということは、専門用語に限定されるわけではありません。ここで言いたかったのは、専門用語にせよ一般語にせよ、複合語で格記述が省略されるため、形態素間の関係が形式だけでは一意に定まらなくなり、結果として複合語の意味解釈に多義が生じることがあるということ。また、その結果として複合語として記述された専門用語の意味解釈が難しくなるということです。

「心筋」「静注」は世によくある略語の一種であり、専門用語に限ったことではないのではないでしょうか。

略語はむしろ一般語の世界で起きやすく、専門用語では逆に起きにくいということの例外として挙げたものです。

(感想として)専門用語とは、専門家といわれる(又は自負している)人々や、専門誌といわれる図書等で使われる、Slungという感じがしました。若者達のSlungも、それはそれで定着しているものもあるでしょう。何か「専門家」だと上から目線で自負しているようにも感じました。

Slangとの専門用語の相違は、slangの場合、ほかに一般に用いられている言葉があるにも関わらず、あえてそれとは異なる言い回しをすることにより、外部集団には理解しにくい言葉使いをすることが第一の目的となっているのに対して、専門用語では普通に使われている言葉だけでは十分な議論ができにくいと感じるときに、詳細な対象を指示するための言葉を導入する結果として、分野外の人にはわかりにくい言い回しを使わざるを得ないということだと思っております。専門用語を使うのはそれが分野での議論を進めるうえで効果的であるからというだけで、それ以上の意味はありません。

shimin 2012-qa_3 page2534

注目コンテンツ / SPECIAL