学術情報センター軽井沢公開講演会報告

−文書館・図書館・博物館--三つどもえの中の三者三様−

学術情報センター名誉教授

井上 如

 文書館,図書館,博物館(以下三館と略称)は,国や地方自治体レベルではそれぞれ独立した施設として設立,運営される傾向がある。しかし,研究対象としては,この三館を並べて同じ物差しで測ることで,個別に扱ったのでは見えにくいことが見えてくるのではないかと考えた。

 三館を研究対象として一堂にという発想の根拠は,第一に,洋の東西を問わず歴史的なルーツを探れば,これら三館がルーツを共有した未分化の状態から分化してきたこと,第二に,公共的な組織はともかく各個人のレベルでは,やはりこれら三館が共存(手文庫,個人蔵書,応接間の飾り棚)していること,第三に,類似の法律的規定,専門職の配置,その養成機関と教育カリキュラム,二重の学的構造(原理を追求する文書学,図書学,博物学と,それぞれの館の運営方法を実習する文書館学,図書館学,博物館学とが二重構造になっていること)など,他に無い共通点を有することにある。広くは,ユネスコなども,ICA,IFLA,ICOMを設けて並べて扱う傾向がある。三つどもえと称するゆえんである。

 しかもなお,これら三館はそれぞれ明らかに異なる特徴を備えている。だからこそ,歴史的過程で,それぞれの特徴を活かすような発展過程をたどって今日に至ったと理解される。しかし最近の広い意味での情報学の進歩は,これら三館を分析対象として一堂に並べて扱うことの新たな有効性を示唆しているように思われる。そこでここでは,コピー,コミュニケーション,コレクションという,三つの情報学的着眼点からこれら三館を比較分析してみることにする。その際,比較を踏まえた理解を容易にするために,表「三つどもえの中の三者三様」を用意した。なお,演者は,表の各コラムの説明に際し,8点の具体例を回覧した。

 表に入る前に三つの着眼点について簡単に説明しておきたい。コピーは,オリジナルとの関係から二種類の視点を用意した。第1は,オリジナルの側に軸足を置いて,オリジナルから容易に区別できるコピーほどマイナスに評価するホンモノ志向の視点であり,第2は,コピーの側に軸足を置いて,オリジナルから逸脱するほどそこに働く多様なコピー創造のイマジネーションをプラスに評価するニセモノ/ミセモノ志向の視点である。コミュニケーションでは,三館の収蔵物(文書,文献,オブジェクツ)が記号の乗り物として果たす機能に着目し,三館それぞれで働く専門職と利用者とのインターフェイスは捨象する。それら記号乗り物の発生,収集,伝来,そして利用者による受け止め方に着目する。コレクションでは,もっぱらその価値の発生の根拠がどこにあるかを,コピーやオリジナルとの関係から見定めるということをする。

 さて表「三つどもえの中の三者三様」のうち,コピーとオリジナルとの二者択一としてみると,文書館は明らかにオリジナルを評価する。活字化したものよりも,毛筆や羽根ペンを使った手書きの文書を,そして綴じ本では刊本よりも写本を評価するのに対し,図書館ではコピーしか存在しないという特徴を有する。図書館に備えられている文献は,不特定多数向けに印刷された中の一冊であって,それはまさにコピーである。さて,博物館では,こうした二者択一に無頓着である。博物館の中で宝物館と呼ばれる一群は,オリジナルにこだわるが,それは,現在,博歯ィ館の主流ではない。ミニチュア化した複製やレプリカでいいからコレクションを多様化する方向に向かっている。ただし同じ博物館というカテゴリーにありながら美術館だけは例外で,オリジナルを重視する。

 文書館にある文書は,文書館の外で既に一度コミュニケーションの役に立った遺物である。大部分の文書は本来の機能(現用と呼ばれる)が終わると廃棄されるが,なお歴史研究など二次的に有用と判断されたもののみが移管されて保存される。従って,一度済んだ本来的な機能でなく,二次的なコミュニケーションのためにあるといえる。一方,図書館の文献はまだコミュニケーションの途中である。著者から読者へのコミュニケーションの過程で,図書館で読者がくるのを待っている状態である。コミュニケーションは未完了である。博物館では,送り手から受け手へのメッセージの伝達という,本来的な意味でのコミュニケーションは通用しない。

 コレクションという観点から見ると,文書館がコレクションの量より質を重視するのに対して,図書館は質より量を重視する。文書館では,長期保存に耐える文書のみを対象とするというセレクションが強く働くのに対し,蔵書が多ければ多いほど利用者のニーズに対応する潜在可能性が増えるということから,この両者の違いは明らかである。もとより,量より質という価値観は美術館にも当てはまる。美術館をのぞく博物館は,量でも質でもなく,個々のオブジェクツと,コレクション全体の二つのレベルで,そのユニークさ(no-two-alikeと言う表現が,コレクション研究の英文文献では用いられる)が問われる。

 以上の諸説に対し,五人の出席者から質問やコメントがあった。それらはすなわち:三館の機能を情報収集/提供としてとらえたとき,すべて電子メディアで置き換えることが可能か;写真におけるオリジナル/コピーの関係,および,現代の博物館計画におけるフリークの重要性;自然史博物館の研究と比較した時の人工物博物館研究の立ち後れ;電子美術館では,もとの美術作品に対して手を加えて,オリジナルともコピーともつかぬものを作り出すことができる。写真と同じことがあるのではないか。また,版画をコピーと言ってしまうのには,それぞれの間に違いが有り過ぎる。更に,美術館,博物館のルーツは王侯貴族の私物としてのコレクションであり,それが次第に公開されていくと言うのがその過程ではないか;文書館,図書館は無料だが博物館だけ有料なのは,コストだけでは説明できない。また,こうした三者三様の比較を,舞台芟|術についても試みられないか;博物館は絶対量の増加につれて質の低下が問題となっているが...等々であった。

 また,閉会後今日まで,多数の質問や意見,更に助言が寄せられた。その中には,漠とした問題をただ一つの表から提起しようとすること自体が無謀だ;三館の各要素が混在しているのは何も個人の自宅に限らない;世に記念館と言われているものは三館の要素の混在である;演者は静的なメディアのみを扱い,しかもその論旨は動的なメディアへの応用性を欠いている;写真の問題を版画との比較から論ずることの是非,あるいは可否;などであった。

三つの着眼点

館種の別

コピー/オリジナル間の関係

C1

利用とコミュニケーション

C2

コレクション

C3

copy(C)とoriginal(O)の二者択一approximate copy (a.c.)の許容度公的機関と個人用の間の遠近
今日的課題
やりとり完了後の過程と未完了
時間軸上と空間軸上とのバランス
公開,未公開,選択的提供
今日的課題
コレクションの評価基準
収集経路
公的収集と個人コレクション
今日的課題

国,地方自治体等が法律等に基づいてそれぞれ公文書館を設立し運営している。企業,団体等も史料を管理する部局を置いている。個人は自宅の手文庫で私文書等を管理している。公的な文書館はアルキビストを必要とし,そのための教育施設と文書館学に期待がかかる。協議会等の組織がある。

1)二者択一的にオリジナルの重視手書き(毛筆/羽根ペン)の価値

2)活字化を巡る評価

3)公的機関と個人用の連続性

4)マルチメディア化と史料学の勃興

AC1

1)本質的なやりとりは完了

2)非現用史料の二次的利用

3)時間軸上での選択的コミュニケーション

4)情報公開法とプライバシー保護

AC2

1)量より質が価値を決定

2)収集経路:伝来

3)公より私とういう伝統

4)廃棄と管轄替えの問題

AC3

国,地方自治体等が法律等に基づいてそれぞれ図書館を設立し運営している。企業,団体等も蔵書を管理する部局を置いている。個人は家庭に書架を備え蔵書を維持している。公的な図書館はライブラリアン(司書)を必要とし,そのための教育施設と図書館学を発達させた。協議会等の組織がある。機能的に教育支援と研究支援とに分かれる。

1)二者択一的にコピーのみの存在

2)著作権法の不思議

3)紙(冊子体)への固執

4)複本(duplicates)

LC1

1)未完了(コミュニケーション過程そのもの)

2)強迫観念としての利用(未・非利用の問題)

3)出版界の問題へのvulnerability

4)検索と情報縮約の不可避性

LC2

1)質より量が価値を決定

2)収集経路:新刊書流通ルート,古書店

3)個人蔵書における形式と希少性への回帰

4)書誌コントロール

LC3

国,地方自治体,企業,団体等が博物館や美術館等を設立して運営している。多彩な収集資料に基づき館種も多様(博物館,美術館,動・植物園,民家園,水族館等々)である。個人のコレクションは更に多様で標準化を拒む。公的な博物館は博物館学に学んだキュレータ(学芸員)を擁する。支援組織と協議会等の組織が発達している。

1)コピー/オリジナルに対する無頓着

2)a.c.の最大限許容(モデルとレプリカ)

3)等身大の原理とミニチュア化

4)恣意的イマジネーションと創造力

MC1

1)参加,即コミュニケーション(旅行を含む)
2)オブジェクツの利用価値からの絶縁
3)一過性のコミュニケーション
4)公における来観者の漸減
MC2
1)ユニークさが価値を決定
2)収集経路:市,コレクター
3)好奇心と個人コレクションの先導性
4)市場経済下のコレクション
MC3

1)二者択一的にオリジナルの重視

2)修復による永久指向

3)問題提起としての版画

4)公と私におけるOとCの二極分化

RC1

1)保存>コミュニケーション

2)展示,複製による提供

3)画廊離れ

4)カタログ・レゾネとデータのオーセンティケーション

RC2

1)量より質が価値を決定(希少性)

2)収集経路:画商,オークション

3)コレクション研究の勃興

4)真偽鑑定

RC3


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